syntaxCoLtd’s blog

公務員辞めて起業した男のブログです

役所のDXを考えたい(第1回「カスタマイズ多すぎ」)

皆様は公的分野のデジタル化についてはどう捉えていますでしょうか。
イメージとしては、
「デジタル化が遅れてる」「そもそも非効率的」
さらに実際に役所のシステム開発に携わった民間企業の方であれば、
「カスタマイズ多すぎ」「要件が後から後から出てきて、手戻りが多い」
という経験をお持ちかもしれません。

この連載では、私が役所生活で経験したことのうち、特にシステム化を阻む要因と感じたものを取り上げていきます。これにより、
「なぜそうなのか」「ではどうしたらよいのか or 難しいのか」
について、皆様の理解を深めていただく一助になれば幸いです。

第1回の今回は「カスタマイズ多すぎ」問題です。

最適化したい!(部分最適だと? 上等じゃないか!(笑))

役所の業務は法令により定められているものが多く、これらは基本的に全国一律業務です。住民登録業務も住民税業務も同じです(住民税は税率の違いはあっても、システム開発の上では単なる税率パラメータの調整で済む話です)
では、なぜそんなにカスタマイズしたがるのか。それは

  • 事務のやり方はいちいち法定されていない
  • 理想と効率性のバランスを追及して、事務を構築する

からです。要は部分最適を目指すからです。

 

住民税課税事務の場合

住民税の課税は課税資料を収集し、情報をシステムに取り込んで行います。
課税資料には、主に

  • 確定申告書(税務署に出すヤツ)
  • 住民税申告書(市町村に出すヤツ。後述します)
  • 給与支払報告書源泉徴収票と同じもの。会社が市町村に提出)
  • 公的年金等支払報告書(年金の源泉徴収票と同じ。年金機構等が市町村に提出)
  • 支払調書(雇用関係外で人的労務へ報酬を支払った場合に、支払者が税務署に提出)

があります。この収集事務だけでも収集チャネルが複数あり、さらに入力事務まで含めると、その分析業務は大手のSIerに依頼すると数十万円の費用に相当するほどの分量になると思いますので、ここでは住民税申告書、それも収集準備段階に絞ってお話をします。

まず、殆どの方は住民税申告書の提出義務はありません。
会社員や年金所得者は、会社や年金機構等から上の課税資料が市町村に提出されますし、個人事業主の人は基本的に確定申告をするからです。
住民税申告義務のある人は大雑把に言うと、

  • 何らかの理由で給与支払報告書が会社から提出されていない人
  • 住民税申告義務が生じる程度の所得を有している人で、確定申告書提出義務がない人

ですが、実務上はこれらの人を、役所も住民側も把握することは困難です。なぜなら、

  役所 本人
給与支払報告書が未提出 無職の人と区別がつかない 勤務先が提出を怠っているかわざわざ確認しない
確申義務がない程度の所得がある 所得無と区別がつかない 確申義務がなくて住申義務があることは、税条例を読み込まないと理解不能だし、そもそも読み込む動機も機会もない

という事情があるからです。
しかし、税は公平・適正が原則なので、限界はあっても「所得把握に向けてできること」はやる必要があると税務当局は考えます(ですよね? 自治体の皆様)
つまり、所得がありそうな人で課税資料が提出されない人については、「所得があれば申告してください」と依頼することとなります。

この事務は制度的に法定されていません。しかし、質問検査権は認められているので、やっていけない事務ではありませんし、そもそも質問検査権を振りかざさなくても、単に「一定の方は申告義務があります。もし該当すれば申告してください。申告書は念のため同封しておきます」という趣旨でもありますので、法的根拠を論じる必要もありません。法定されていないということは、いくらでも自治体の裁量の余地があります。

無理ゲーを無理やり攻略?

「所得がありそうな人」って、いつの段階でどんな人を抽出すべきでしょうか。子供を対象にするのは無駄ですし、成人でも親族の扶養に入っているなら所得無でも不自然ではありません。となると、
「一定の年齢で、他の人の扶養に入っておらず(正確には、他の人名義で提出された課税資料上で、扶養している旨記載されていない)、課税資料が提出されていない人」
となりますが、確定申告書の税務署への提出期限は3/15で、紙提出の確定申告書の場合、XMLデータとTiffデータの市町村への最終送信日は4/10頃になります。それを待ってから抽出→印刷→発送だと大都市の場合は遅すぎます(この後の課税事務スケジュールは長くなるので省略)
そもそも住民税申告書も3/15までに提出しなければなりませんので、それに間に合うように送らないと苦情を言われてしまいます。つまり法令上の義務がある人を想定してシステム化するのは最初から無理ゲーというわけです。
したがって、「前年実績」を参考に見込みで抽出するしかありませんが、「前年実績」自治体によって揺らぎがありそうです。

  • 「前年度、給与支払報告書が提出されているのに、今年は出ていない人」に送る
  • 「前年度、課税資料が提出されていなく、また誰の扶養にも入っていない人」に送る
  • 「前年度、住民税申告書のみ提出されているが、所得が僅少だった人」」に送る(どう生活しているかわからないので)
  • 「前年度、申告書を送ったら、非課税年金(遺族年金や障害年金)で生活しているとの申告があった人」は除く
  • 「前年度、申告書を送ったら、非課税年金(遺族年金や障害年金)で生活しているとの申告があった人」も送る国保など他の業務への所得情報提供のため)

などなど、いろいろな要件が考えられます。

また、申告義務はないけど「申告した方がお得」と思われる人が多数います。長くなるので理由とか、そもそも送るべきか否かとかは省きますが、主に400万円以下の年金受給者です。前述の「申告義務のありそうな人」と一緒に抽出したいという要件があったり、なかったりするかもしれません。それに「お得になりそうな人」の定義も当然揺らぎはあるでしょう。

ステークホルダーは住民だけじゃない

ここまで抽出の話をしましたが、発送段階にもあります。
大都市であれば申告書は印刷業者に宛名データを渡し、アウトソーシングして封筒詰めまで行って区役所へ納品するかもしれません。この場合、抽出データは区役所ごとにファイルを分割しておかないとアウトソーシング会社の事務が回りません(一気に印刷してダンボールに詰めた後では納品前の区分けが面倒です。それ以前に封入するための封筒が区役所ごとに違う可能性もあります。封筒への広告や役所への地図スペースが影響します)
また郵送料の区内特別割引を適用させるため、郵便番号を元に独自ソートしておく必要があるかもしれません。一方、そんなことを気にしない自治体なら、単に納税通知書番号などのユニーク番号順でいいのかもしれません。

どこまで標準化できるの?

このように軽く論じるだけで、役所が自分たちの事務に合わせてカスタマイズを要求する事情が少し理解いただけたかと思います。もちろん、一部自治体にとって多少のコスト増になっても国全体として最適化されるのであれば統一すべきでしょう。
問題は乱立している事務のやり方のうち、どれを標準的として評価するのが国全体にとって最適なのかです。いや、最適な方法の決め方自体が問題となるかもしれません。
今後も標準化仕様策定について動向を見守りたいと思います。議論をどう収束させていくのか、とても興味深いです。