syntaxCoLtd’s blog

公務員辞めて起業した男のブログです

選択的夫婦別姓を考えてみる

今回は、DXに関係ありません。いや、最終的にはDXに戻ってくるんですけど。

夫婦別姓を考えてみます。それも、システム系コンサルとしてシステム的に考えてみます。(考えるのは制度についてです。システムのように考えるだけです)
システム的に考えるということは要件を満たすように設計するということであり、設計はしてみたものの発注者(今回は推進派・慎重派に発注されたと妄想します)にとって受け入れられないものとなる可能性がありますし、当然ですが、私の思想とは無関係に設計すべきものです。

まずは、現制度のおさらい(As-Is)

現行法では戸籍は「氏を同じくする者」で編成されています(ややこしいのですが、「同じ戸籍に違う氏の者は入れない」という意味であって、「同じ氏の者が別戸籍」は問題ありません)
ここでいう「氏」というのは苗字だけではなく、「氏族」の氏を含みます。「氏族の氏」とは、元々は皆さんが考える「家」制度とほぼ同一といっていいのですが、現行法では3代戸籍はありえませんので、親子2世代までしか同一戸籍に載ることはありません。
この家制度由来の氏のことを「民法上の氏」といい、苗字の「呼称上の氏」とは区別して捉えられています判例による概念的な話であり、明文の規定があるわけではありません)

もう少し具体的に言いますと、平重盛さんと藤原経子さんが結婚し、夫の「平」姓を名乗ったとします。この場合、経子さんは元の藤原氏から、平氏に氏が変更になります。これは民法上の氏も、呼称上の氏も「平」です。
数年後に子どもの維盛と資盛が産まれましたが、経子さんの兄、藤原成親さんの行動をめぐり夫婦仲は悪化、2人は離婚することになりました(この物語はフィクションです! 史実の経子は重盛と別れていません)
子どもは経子さんが引き取ることとなりましたが、子どもと同じ苗字がよい、かつ、子どもの苗字は変えたくない、ということで経子さんはそのまま平姓を名乗ることとしました。

この場合、離婚で経子さんの民法上の氏は藤原氏に戻るのですが、同時に離婚前の氏を名乗る届出を出しているので、呼称上の氏として戸籍の氏が「平」となります
子どもは別途手続きをしないと平重盛戸籍に入ったままですので、家裁の許可を得て「母の氏を称する入籍届」を出して平経子の戸籍に入籍させることができます(こうなると2人の子どもの民法上の氏も藤原氏になります)。

・・・民法上の氏って「家制度」っぽいのは判ったけど、概念上の話で法的には関係なくない? と思われたかもしれません。では、もうちょっとストーリーを進めてみましょう。

重盛と離婚後に2人の子どもを入籍させ、3人で東京に移住して生活する経子。そこにイケメンの源範頼が現れます(フィクションです!)
2人は結婚し経子は源姓を名乗ります(民法上・呼称上とも源氏)。やがて子どもの範円が産まれたものの、範頼の兄、源頼朝さんの干渉により再び離婚(どんな干渉かは長いので省略します。フィクションだし)
経子は苗字を平に戻すべきか源のままにすべきか悩みましたが、幼い範円を優先し源を名乗り、あとで3人の子どもを入籍させることしました。

・・・複雑化してきましたので、今までの状態を表にしてみます(今回の例では夫は関係ないので記載省略)。

イベント 本籍 呼称上の氏名(=戸籍の氏名) 民法上の氏 備考
平重盛と離婚 京都 平経子 藤原 新戸籍編成
京都 平維盛平資盛 平重盛の戸籍のまま。このあと経子の戸籍に入る予定
子どもを入籍 京都 平経子・平維盛平資盛 藤原  
源範頼と婚姻 東京 源経子・源範円 源範頼の戸籍に入っている状態
京都 平維盛平資盛 藤原 学校があり源姓に変えたくなかった
源範頼と離婚 東京 源経子 藤原 あとで範円の氏を変えなくていいように、源を名乗った
京都 平維盛平資盛 藤原 これから源経子の戸籍に入る予定。氏が変わるけどしょうがない
東京 源範円 これから源経子の戸籍に入る予定

子ども3人の入籍手続きですが、戸籍の氏が「源」に変わる平維盛平資盛は家裁の許可が不要です。民法上の氏が親子とも藤原氏だからです。
一方、源範円については戸籍上の氏名は変更ありませんが、民法上の氏が変わるので家裁許可が必要となります。
民法上の氏」というものが家制度を元にしたものであり、また法的手続きに影響があることを端的に表してみました。

要件分析

さて、現行制度(As-Is)を分析したうえで本題の夫婦別姓です。まずは要件のとりまとめですね。

  • 「家制度」類似の氏は、夫婦親子同一が良い
  • 心理的コストの減少につながり婚姻数の増加要因となりうるし、社会的コストも減るので、婚姻でも法的に名前変更しない夫婦別姓の選択肢が欲しい
  • 子どもの氏を出生のたびに決めるのは、決められなかった場合に出生届の遅延や無届につながるので避けたい

大雑把にまとめるとこんなところでしょうか。
子どもの名前については、慎重派からは反対理由として聞こえてきますが、推進派からは推進理由としては聞こえてきません(「子供の名前をバラバラにしたいから、夫婦別姓にしたい」というのは聞いたことがないです)ので、慎重派からの要件だけ記載しました。
さて、それぞれの要件について賛成反対各論あるのは承知していますが、システム屋は発注された要件が両立できるよう設計してみるだけです。今回はこの一見矛盾する要件を元に設計してみたいと思います。(しつこいようですが、あくまでも思考実験です)
考え方としては、

  • 変更による社会的コストを抑制するため、極力、制度の根幹は変えない(氏を同じくするもので戸籍を編成)。
  • 別姓を選択可能にし、戸籍にも記載する。法的にもその姓名を使用することとする。
  • 「子どもの名前はどうするのか」という問題は、デフォルトネームをどうするかというだけの問題であり、夫婦別姓の仕組みを大枠設計してから考える。
    うまくいかなそうなら、手戻りも已むを得ない

ということになります。

 

設計(To-Be)

いきなり結論を書くと、

  • 戸籍上、「氏」「名」に加えて「姓」を設ける。
  • 夫婦は共にどちらかの氏を選択(夫婦同一氏)。
    姓は別姓を選択可能で、婚姻前の姓を名乗ってもよいし氏と同じにしても良い。
    選択的夫婦別姓というより選択的入籍者別姓であり、婚姻届のみならず離婚届や入籍届や養子縁組等にも適用(特別養子縁組は対象外)。
  • 離婚すると除籍となる側は元の氏に戻る。前述のとおり姓は離婚前の姓を名乗って良いし、氏と同じくしても良い。
  • 法的にも氏名ではなく「姓名」を使用することとし(氏は名前の構成要素としない)、法定事務以外では本人確認情報として氏の提供を求めてはならないことを法律上明文化。
    ただ、氏と姓が異なる場合など、私的範囲内で自ら氏と姓を併せて名乗ることは妨げない。「平藤原経子」等。
    (ただ、氏姓or姓氏を記載した書類は名義人違いなどとして法的安定性を欠く可能性があり、受領側は困るかもしれません)
  • 子どもの「姓」は、婚姻時にそこまで考えて同姓または別姓を選択すべきものであり、「出生の都度選択」は趣旨に合わず、またトラブルの火種になるため採用しない。
    分娩という事実を考慮すれば、母ベースとなるのが自然であり「(母の)氏」「母の姓」のいずれかから選択。
    (離婚後出生の嫡出推定ルールとの関係は、どの戸籍に入るべきかという問題であって、この問題とは関係なく離婚後300日以内は当時の父母戸籍と決まってますので、その時点の「氏」か「母姓」となります。法律文の書き方はともかく制度設計には影響しません)
    下表のとおり、不自然な「父の姓」を除けば「(母の)氏」をデフォルトとするのが自然であり「母の姓」は選択肢とする。両方の選択肢を設けると記載漏れの場合に困るのでデフォルト値は必要。
    婚姻種類 親の姓名 子の姓名 備考
    夫の氏・同姓婚 平重盛・平経子 平維盛 氏・父姓・母姓、どれをとっても同じなので選択不要。結果的に氏と同一。
    妻の氏・同姓婚 藤原 藤原重盛・藤原経子 藤原維盛
    夫の氏・別姓婚 平重盛・藤原経子 平維盛 氏と同一。特に問題ない
    藤原維盛 母姓と同一。特に問題ない
    妻の氏・別姓婚 藤原 平重盛・藤原経子 藤原維盛 氏と同一。特に問題ない
    平維盛 父姓と同一。不自然。生物学的に母ならありえるけど、この時代に父は理由にならないでしょう。

ということになるんだと思います。現行の「民法上の氏」を「氏」として定義、「呼称上の氏」を「姓」として定義したとも言えるでしょう。
システム屋の発想というより、見方によっては小役人の発想という気がちょっとするのは、私が元公務員だからでしょうか?
両派の要件を満たし、かつ、低コストで導入できるよう設計したつもりですが、推進派からは「小手先」、慎重派からは「家族を破壊するつもりか」と言われそうな気もします(笑)

 

机上テスト(ウォークスルー)

せっかく設計したので、念のため、藤原経子さんと子どもたちを使って、設計した制度をテストしてみましょう(全部別姓婚で、子の姓は氏と同一を選択、さらに婚姻・離婚等でも誰も姓を変更しないことにしています)。

  本籍 姓名 備考
重盛との婚姻 京都 藤原経子・平維盛平資盛 平重盛戸籍。婚姻時に夫婦別姓選択・子供は「氏と同一」を選択し、その後産まれた状態。
重盛と離婚 京都 藤原経子 藤原 別戸籍を編成
京都 平維盛平資盛 平重盛戸籍のまま
子どもを入籍 京都 藤原経子・平維盛平資盛 藤原 藤原経子戸籍に入籍。子どもは入籍者別姓選択。全員、今までどおりの姓名
源範頼と婚姻 東京 藤原経子・源範円 源範頼戸籍。婚姻時に「子どもの姓は氏と同一」を選択し、その後、産まれた状態。
京都 平維盛平資盛 藤原 そのままの戸籍(藤原経子が除籍された藤原経子戸籍)に残っている状態。
源範頼と離婚 東京 藤原経子 藤原 新戸籍編成
東京 源範円 源範頼戸籍のまま
京都 平維盛平資盛 藤原 そのままの戸籍(藤原経子が除籍された藤原経子戸籍)に残っている状態。
子どもを入籍 東京 藤原経子・平維盛平資盛・源範円 藤原 子どもは入籍者別姓選択。全員、今までどおりの姓名。範円は氏が違ったため家裁許可必要。

どうやら最後まで設計上は動作しそうです。
他の事例もテストしてみないと何とも言えませんが、今のところ現行制度を良くも悪くも活かしつつ、選択的別姓を実現できそうな気がします。
選択的夫婦別姓については長年言われながらさっぱり議論が進まないのは、設計せずに、自分の価値観(=自らの過去により形成)だけで、いわば先入観だけで意見を投げっ放しにしているからではないでしょうか。
まぁ、最後は「家族とは?」でぶつかってしまう人も残るんでしょうけど、そこまで行けば多数決で決めてしまえば。今はまだどうなるか理解が進んでいなくて親子夫婦バラバラ苗字みたいなのを想像している人もいると思うんですよねー。
このような議論の仕方はデジタル化には向いていません。というより議論になってません。
DXを推進するためには議論の仕方からこの国が変わっていく必要がありそうです。そうでないとこれまで同様に時間とコストをかけて、満足できないシステムが産み出され続けます。
それでも組織内で済む話ならいいのですが、社会の変化に対応すべき公的分野のシステムや法制度がそんなことでは国民が困りますよね。
幸いなことに若い世代にはデジタル教育、社会人になっている世代にはリスキリングを推進することが必要との認識が広がっていますので、この国の議論の仕方も徐々に変わってくると思います。